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- 金融の勉強 ~金融市場とは~
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投資者保護とは何か
■投資者保護
投資者保護という言葉も、証券外務員の勉強をしているととてもよく出てきます。特に最初の方で登場する言葉なので、最初の方だけ勉強して挫折したという人でも、見覚えがあるかも知れません。
さて、この投資者保護という言葉の定義や意味ですが、まず、金融商品取引法上の投資者保護の基本理念は、投資者に対して、有価証券に投資する場合に参考にすべき情報を開示させる、という意味です。簡単に言うと、「情報公開しろよ」ということです。その命令を、有価証券を発行している会社に対してしている、というわけですね。
これは当たり前のことです。投資家は利益を出すために有価証券を購入するわけですが、その有価証券を購入して利益を出せるかどうか判断するには、情報が必要です。例えば会社の株式であれば会社の財務情報、企業情報などが必要なわけです。
それを公開していない会社の株式を、誰が買うのかという話ですよね。買うわけがないわけです。別に公開したくないならしなくてもいいでしょうが、そうしたら、誰にも買ってもらえない、というだけの話です。とうした情報の開示をさせる、というのが投資者保護の一つの形となっています。
そして、さらに深くこの投資者保護という言葉を説明します。投資者は、まず自分の判断によって、投資をするかどうかの判断をします。そして、その結果損をしてしまったとしても、それを誰かのせいにすることは当然ながら出来ないわけです。
投資者保護というのは、そうしたリスクまで保護する、というものではありません。そこまで保護してたら投資の意味がありません。こうしたものについては、投資者保護はまったくタッチしていません。つまり、投資した有価証券の価格を保証したり、配当金が必ず支払われるよ、と保証するのが投資者保護、というわけではないのです。そんなのあり得ないですからね。
つまり、投資というのは自己責任なんですが、自己責任とは言っても、判断をするのに必要な情報だけは、やはり開示されている必要があります。その情報開示を義務付けるのが投資者保護というわけです。投資者保護のため、金融商品取引法という法律では、有価証券に投資するときに投資家たちが参考とするべき情報を開示するにようにルールを定めています。具体的にどのような情報のことをいうかというと、財務情報などです。会社の場合は、たとえば売上や利益といった情報です。それを、有価証券を発行している発行会社に対して、情報開示するように義務付けている、というわけです。
そして、ただ開示すればいい、というわけではありません。その情報の内容が正しくなくては、投資家はかえって混乱してしまいますので、それは投資者保護になっていません。なので、ただ情報開示を義務付けるだけではなく、正しい情報開示を義務付ける、というところにも投資者保護の特徴があります。
ちなみに、こうした情報開示については、たまに虚偽の情報を提供していたとして、企業が訴えられるケースがあります。
また、投資者保護に置いては、金融商品取引業者や、金融商品取引所の業務が正しく行われている、ということもチェックされる必要があります。それはそうですよね。有価証券を発行する会社には「正しく情報開示しろ」と迫っておいて、それを扱う取引所の仕事は適当、ということでは示しがつかないわけです。なので、こうした業者や取引所の業務もしっかりとチェックされます。これも投資者保護の重要なポイントの一つです。
そして、投資者保護とよく混同されるものとして、預金者保護があります。これは証券外務員を受験する上でも、特に注意しておきたいことです。混同してしまう人が多いですからね。
預金者保護というのは何かというと、最初に約束された預金の受取金額や、満期の際に入ってくると約束されていた預け金の払い戻しが保護されるというものです。簡単に言うと、「銀行に預けていたお金がちゃんと守られますよ」ということです。具体的に何が守られるかというと、利息や払い戻しのことですね。これは投資者保護と似ているようで違うので、しっかり違いを抑えておきましょう。
証券外務員の受験勉強をするためには、こうしたポイントはしっかり抑えておきたいものですね。
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マネー、投資、金融2012年11月29日 | コメント/トラックバック(0)|
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証券の知識 ~取引所金融商品市場~
■取引所金融商品市場
取引所金融商品市場という単語も、証券外務員の勉強をする上で、避けて通ることはできない単語であると言えます。ここではその定義や意味を説明していきましょう。
まず、取引所金融商品市場という言葉の定義と意味ですが、これは、金融商品取引所が開設する金融商品の市場です。そして、流通市場の一つです。もっと簡単に説明すると、要は、禁輸商品の市場です。誰が開設しているかというと、金融商品取引所です。なので取引所金融商品市場というわけです。そして、金融商品の売買という流通が行われているので、流通市場に分類される、というわけです。
さらに深く説明すると、現在日本には、東京証券取引所の他にも多数の証券取引所が全国の主要都市にあります。名前をあげていくと、大阪証券取引所、札幌証券取引所、名古屋証券取引所、福岡証券取引所、ジャスダック証券取引所などとなっています。全部で6つですね。これらの証券取引所が、日本の金融の流通市場を支えています。
そして、これらの証券取引所が開設している金融商品の市場(やりとりする場所)が、取引所金融商品市場というわけです。
取引所金融商品市場で有価証券などの売買をすることが出来るのは、資格を持っている人に限られます。金融商品取引業者などの資格を取得している必要があります。銀行に就職する人が、証券外務員などのこうした資格を求められるのは、そうした資格を持っていないと、必要な業務が出来ないからなんですね。
また、株式の売買を行う時には、こうした資格を持っている人を介在する必要があるため、証券会社と利用するわけです。また、取引所金融商品市場における有価証券の売買などのことを、取引所取引と言います。名前の由来はそのままで、取引所でする取引なので、こう呼ばれます。
また、流通市場には取引所金融商品市場以外の市場として、店頭市場とPTSというものもあります。店頭市場で有価証券の取引をすることを店頭取引と言います。要するに、普通の買い物と同じです。ネギとかにんじんを買う代わりに、有価証券を店頭で買うので、店頭取引というわけですね。
そして、店頭取引には金融商品取引業者の、店頭で行われる有価証券などの売買が該当する、というのが証券外務員などの参考書に書かれている定義になります。ようするに、「有価証券の売買が店頭で行われたら、店頭取引」ということです。簡単なことを難しく言い過ぎなんですよね。金融の用語というのは。
また、店頭市場では、金融商品取引所に上場されていない有価証券の売買も行われます。また、それだけではなく、金融商品取引所にすでに上々を果たしている有価証券の売買も行われています。
取引所取引は、金融商品取引所によって、取引のルールが定められています。定められているというより、もはや定型化していると言っていいでしょう。それは取引所という場所で取引をするからなのですが、これに対して、店頭取引の場合、取引のルールは、取引業者と顧客の合意によって進んで行きます。そのため、取引所取引に比べて自由度が高いと言えます。
つまり、普通の野菜やお肉などの販売でいったら、みんなが集まる市場で売ろうとしたら、当然その市場のルールに従う必要があるわけです。市場が開くのは朝5時からだから、その時間からしか売買を始めちゃいけない、とかそういうルールですね。
それに対して店頭で販売する場合は、自分のお店なんだから、別に何時から営業を開始しようが、終了しようが自由なのです。このように、店頭取引の方が自由度が高いというのは、有価証券の取引に限ったことではないんですね。普通の商品の売買でも同じことなのです。
証券外務員の勉強をする上では、こうした感覚的な理解も必要だと自分は思います。
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マネー、投資、金融2012年11月28日 | コメント/トラックバック(0)|
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金融の豆知識 ~発行市場と流通市場~
■発行市場と流通市場
証券外務員の勉強をするのであれば、発行市場と流通市場という言葉の定義や意味は、しっかりと抑えておきたいものです。ここではそれについて書きます。
まず、発行市場というのは、新規に発行される証券が発行者から直接もしくは証券会社などの仲介者を通して、投資者に第一次取得される市場となっています。ややこしいですね。もっとわかりやすく説明すると、まず、証券が新規に発行されます。そして、その証券が投資者に渡ります。その時、直接渡されようが、証券会社などを仲介しようが、どちらでもかまいません。そうして、証券の取得が一回目に行われる市場が発行市場です。
それに対して、そこで発行された証券が、他の投資家たちに転売されるというのが流通市場です。要するに、本の販売でいうなら、新刊の書籍を販売する書店と、中古の書籍を売買しているブックオフのような関係かも知れません。若干違う部分もありますが、わかりやすく言うとそうなります。つまり、発行市場イコール、新しい証券を売買する場所で、流通市場イコール、すでに出回っている証券を売買する場所、と考えておけばいいでしょう。
証券外務員の勉強でも、このように大雑把にポイントを整理するということはとても大切です。
さらにこの用語を深く説明すると、証券市場は、企業が株式を発行したり、または国が国債を発行するなど資金の取りてが有価証券を発行し、それを投資家が購入する、という市場です。もっとわかりやすくいうと、証券市場ではまず、証券が発行されます。証券の種類は、企業の株式だったり、国の国債だったりします。そして、どっちでもいいですが、そうしたものを投資家が購入します。または、投資家もそれを売りに出したりします。このような融通が行われる場所が証券市場であります。そして、それを二つに分けると、発行市場と流通市場という風になるわけです。
さて、そのうちの片方、つまり新刊の本を扱う書店のような発行市場の方ですが、これは国が発行する国債や企業の発行する株式などの有価証券を、発行者から直接、あるいは間接的に取得する市場です。と言っても、これも非常にややこしいですね。もっと簡単に説明しましょう。
つまり、発行市場というのは、ようするに、「みんなが有価証券を取得する場所」です。ただの市場ですね。「有価証券を売っている場所だよ」と考えておけばいいでしょう。で、その時の方法は直接かもしれないし、間接かも知れない。また、扱われる有価証券は、株式かもしれないし、国債かもしれない。ただそれだけのことです。証券外務員の勉強でも何でも、簡単なことをやたら難しく説明しているテキストが多くて困りますね。
で、流通市場というのは何かというと、これは、上に書いたような発行市場で購入した有価証券を転売するための場所です。一度買った株式とか国債を、ずっと持っているという人はあまりいません。ウォーレン・バフェットは、「私の好きな株式の保有期間は、永遠だ」と言っていますが、これはあくまでバフェット氏の理想論であり、現実の投資家は、ずっと有価証券を保有することはなく、こまめに売買を行なっています。そうした売買を行う場所が流通市場であるわけです。有価証券というのは、発行されで終わりではなく、流通してなんぼですからね。売買されてなんぼですから。それは紙幣と同じですね。紙幣も発行されて終わりではありません。流通してなんぼです。発行されるだけで、ほとんど流通しなかった二千円札という懐かしいものもありますが、これではだめなわけです。流通しなくてはいけないんですね。有価証券も紙幣も。
そして、このような発行市場と流通市場は、お互いに密接な関係になります。どのように密接な関係にあるのか見ていきましょう。例えば10年で満期になる国債を発行市場で購入したとしましょう。そうした場合、原則として10年経過しなければその資金を回収できません。それはそうですね。最初からそういう設定なわけですから。
しかし、途中でどうしても資金が必要になる、ということもあるでしょう。予想もしなかった大震災などに襲われることもあるわけですから。そうした場合には、当該国債を流通市場で転売することで、資金回収が出来ます。もっと簡単に説明すると、今持っている国債を売ればいい、というわけです。
この時、その国債とか株式の需要と供給のバランスによって、価格が決定します。この流通市場での価格は、そのまま、発行市場での価格となります。なぜなら、今発行したら、その価格で流通市場で売買されているということなので、発行される時にも、その価格でしか人間は買わないからです(もちろん、もっと安く売られていたら買いますけどね。そんなことはありません。流通市場と必ず同じ価格で、発行市場でも売りに出されます。もちろん、瞬間的に同じじゃなくなることはあるでしょうが。
つまり、発行市場での有価証券の価格を決定するのは、流通市場なんですね。そうした意味で、発行市場と流通市場は密接な関係にあると言えるわけです。そして、発行市場で有価証券が円滑に発行されるためには、公正な価格形成と換金の可能性が高い流通市場が必要になります。こうした意味で、両者はとても強く結びついているわけです。
換金の可能性が高い流通市場というのは、つまり、その有価証券をお金に変えられる可能性が高い、ということです。お金に変えられない有価証券というのもありますし、同じ有価証券を持っていっても、市場によって、換金のやりやすさが全然違ったりしますからね。そうした換金のしやすい流通市場があってこそ、発行市場でも、その買い手がつくわけです。
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ビジネス、マネー、金融2012年11月27日 | コメント/トラックバック(0)|
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マネーの知識 ~直接金融と間接金融~
■直接金融と間接金融
この言葉二つの定義と意味について、それぞれ書いていきます。まず、直接金融というのは、貸し手から借り手に対して、資金の融通を直接行うものです。名前の通りですね。そして、この時の資金の運用に関する判断と責任は貸し手に属しています。貸し手の責任ということですね。すべては。つまり、借り手がお金がなくなって返済が焦げ付いたとしても、それは貸し手の責任である、ということなのです。そうした人とか企業であることを見抜けなかったということですから。
一方の間接金融ですが、これは資金の貸し手と借り手の間に、金融機関が介在するというものです。たとえば銀行とかですね。こうして介在して資金の融通が行われるのが間接金融です。資金を運用する判断と責任は、その銀行などの金融機関に属しています。つまり、直接金融に比べると、貸し手のリスクは若干小さくなると言えるかも知れません。しかし、間に銀行などを挟んでいる以上、そこで手数料を取られるわけであり、利益も小さくなります。利益を最大化したいのであれば直接金融が一番であると言えるでしょう。
もっと深くこの二つの用語を説明しましょう。まず、直接金融というのは、企業などの借り手が債権を発行します。そして、貸し手(投資家)から資金を集めます。このように、借り手が証券を発行し、貸し手がそれを購入することによって資金が融通されるという形式の取引を直接金融といいます。ちなみに、直接金融はどこで行われるかというと、証券市場を通して行います。(どこで行うかというよりは、どこを介在して行うか、という話ですね)
さて、それに対して間接金融はどうかというと、まずは、銀行が預金として資金を集めます。そして、そうして集めた資金を企業などに貸付しています。このように、借り手と貸し手が直接やり取りしているのではなく、間に銀行などの金融機関が入っている、というのが間接金融の特徴です。名前の通りなんですが、直接金融、間接金融とも、実際にどのようなものなのか具体的に説明するのは、日頃から要点を整理しておかないと難しいので、こうして整理しておくといいでしょう。
このようなポイントの整理が証券外務員の勉強には大切です。
そして、上に書いたように、資金余剰部門と資金不足部門の間に、銀行が入っているかいないかによって、直接金融と間接金融を区別することが出来るということです。つまりポイントは「銀行が入っているかどうか」ということですね。もっとも、銀行以外の金融機関が間に入ることもあるわけですが。
また、もう一つのポイントとして、直接金融の場合は、貸したお金が返済されなかった時のリスクを、貸した本人が負うわけです。しかし、間接金融の場合、そのリスクは銀行(金融機関)が負います。この違いも大きな特徴であると言えるでしょう。
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マネー、投資、金融2012年11月26日 | コメント/トラックバック(0)|
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金融の勉強 ~金融市場とは~
■金融市場とは
まず、金融市場という言葉の定義と意味ですが、お金が余っている人や、企業などからお金を必要としている人や企業などへお金が融通されることを金融といいます。つまり、「ある人からない人にお金をやり取りする」ということです。そして、そのやり取りが行われる「場所」のことを「金融市場」というわけです。野球をやる場所が野球場というのと同じですね。この原則にもとづいて、お金が余っている人は金融市場に資金を供給します。そして、資金が不足している人は金融市場で資金を調達する、というわけです。
さらに深く説明すると、例えば、ある商品の製造と販売を行なっている会社があるとして、その販売が好調であるため、商品を増産しようということになったとします。そして、工場を新たに建設しようと考えました。しかし、新たに工場を建設するにはお金が必要です。その資金がこの会社にはありません。そういう場合は、どこかから資金を調達する必要があるわけです。
このように資金が不足している企業が存在しているのに対して、その一方で、資金が余っている人や企業というものも、もちろん存在します。金融市場というのは、そういう需要と供給を一致させるための場所なのです。お金が余っている人たちの「資金余剰部門」と、お金が足りない人の「資金不足部門」が出会う場所なんですね。いわば、お金の出会いを仲介する場所と言えるかも知れません。
ちなみに、こうした金融市場の定期は「広い意味での金融市場」となります。もっと狭い意味でも金融市場の定義が沢山あるわけですね。たとえばそれは資金の調達の形式、形態によってわかれるわけです。狭い意味での金融市場というのは貸付市場のことです。他にも証券市場などに別れます。
狭い意味での金融市場(貸付市場)では、主に銀行などの金融機関が資金余剰部門から預金として集めた資金を、どこかの会社や人の資金不足部門へと貸し付ける、という形式で資金が融通されています。(金融というのは、このような「資金の融通」を漢字二文字にした言葉です)
一方、証券市場では、資金が不足している部門が証券を発行します。そして、資金余剰部門がその証券を取得する対価(購入する対価)として、金銭を提供する、という形で資金の融通が行われています。また、その資金の融通の期間によって、短期金融市場と言われることもあれば、長期金融市場と言われることもあります。って、名前の通りですが。
もう一度最後にまとめをすると、金融市場というのは、資金余剰部門と資金不足部門が資金を融通しあう場所である、ということですね。
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ビジネス、マネー、金融2012年11月25日 | コメント/トラックバック(0)|
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人間はなぜ「無駄買い」をするのか? ~五木寛之の考察より~
人間はなぜ「無駄買い」をするのか?
これについて、五木寛之さんはこう語っています。
無駄遣いや衝動買いは、お金に対するささやかな反抗である。
お金のために苦労して働いている人が、
お金に対して復讐するために、あえて「無駄な使い方」をするのである。
「お前なんて、この程度の価値しか無いんだよ」と、
お金に対して言い放つために、わざと無駄に使うのである。
ということです。『生きるヒント』を含めて、
何冊かのエッセイで繰り返し書かれています。
管理人の言葉でまとめたものなので、
五木さんの言葉そのままではありませんが、
大体いつも、こういうことを書かれています。
実際、五木さんもサラリーマンとして厳しい労働をしていた時代、
給料をもらう度に、ビルの影の人のいない場所に行って、
その給料袋を地面に投げつけていたそうです。
そして、「この野郎、この野郎」と踏みつけていたそうです。
「こんなもののために、したくもない仕事にいつも耐えているのだ」
と思うと、我慢ができなかったそうです。
だから、五木さんは衝動買いや無駄遣いをする人に対して、
かなり温かい目線を送っています。
(基本的に、五木さんの文章が誰かを責めるということは、
あまりないのですが)
例えば風俗嬢がホストクラブで豪遊するのも、
同じ心理だろう、と五木さんは考えています。
日頃、おじさんなどに屈服して、屈辱的な奉仕をしている風俗嬢が、
お金に対して復讐するために、ホストクラブで無駄に使っているのだろう、と。
「じゃあ、風俗辞めればいいじゃん」
という冷静なツッコミが入るかも知れませんが、
そうはいかないのが人間というものです。
自分も一時期ホストのバイトをしていたので、
ホストクラブで豪遊する風俗嬢も、よく見ていました。
やっぱり、風俗で仕事をしている女の子は、
バイト感覚でやっている大学生などを除けば、
やむを得ない事情でしている子も多いんですね。
そういう女の子は学がなくて、
普通の仕事をしようと思っても、できないことが多いです。
(人によりますが)
それに、風俗嬢とホストは支えあいの関係にあり、
商店街の付き合いみたいな感じで、
お互いの店に行き合う、というのもよくあるんですね。
力のあるホスト、風俗嬢であればそんなことをしなくてもいいのですが、
大抵の人は力がないので、サラリーマンの付き合いよろしく、
そうやって、お互いの店に行き来しなくてはいけないんです。
何か辛いことがあった時には、
壊れる程飲んでいるキャバ嬢の子もいました。
(普段は冷静な子だったんですが)
と、少し話が長くなりましたが、要するに
「風俗辞めればいいじゃん」と、簡単に言うわけにはいかない子も、
やっぱりかなりの数いるわけです。
なので、そうした女の子が、五木さんが言うように、
お金に復讐するために、ホストクラブなどで豪遊するというのは、
うなずけることだと、自分は思います。
まあ、色々書いたけど、自分はホストの世界も、
風俗の世界も、そんなに知っているわけではありません。
(3週間で、きつくなって辞めてしまったので)
ただ、五木さんの指摘は、的を射ていると思います。
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五木寛之、心理、無駄買い2012年10月10日 | コメント/トラックバック(1)|
カテゴリー:五木寛之
人は泣きながら生まれてくる ~五木寛之『生きるヒント』より~
管理人は五木寛之さんの本をよく読みますが、
何冊か共通して登場する言葉に、
「人は泣きながら生まれてくる」というものがあります。
これはシェークスピアの『リア王』に登場するセリフだそうです。
(リア王とか、多分一生読むことないと思いますが。笑)
読むことないけど、このセリフには納得します。
生まれることというのは、やはり何時の時代、
どの国の人にとっても苦しいことだったんですね。
仏教では人間の四つの苦しみを、「生老病死」としています。
・生まれてきたこと
・老いること
・病気になること
・死ぬこと
です。「生まれてきたこと」が入っているのが、
まるで現代の若者がつぶやいたかのようで、
なんだか親近感すら覚えてしまいます(笑)。
「生まれてこなければよかった」というのは、
紀元前のインドの人々も、感じていたんですね。
(そして、この四苦が語り継がれてきたということは、
中国の人も日本の人も、ずっと同じことを、考えてきたわけです)
「I was born」という有名な詩もありますね。
吉野弘という詩人の詩で、国語の教科書で見たことがある人もいるでしょう。
一部引用させていただきます。↓
—-やっぱり I was born なんだね—-
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
—- I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は
生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね—-
英語には「誕生する=birth」という言葉もあります。
でも、使われるのは受身形の「I was born」なんですね。
(birthも「birthday」の中では使われていますが)
同じように、日本人も「誕生する」ではなく、
「生まれる」という受身形を使います。
少なくとも日本人と、英語圏の人々は、
「生まれさせられた」という考えを、
無意識のうちに持っていたわけですね。
こんなことを書いていたら、
森山直太朗さんの「生きてることが辛いなら」を思い出しました。
確か2008年のレコード大賞の作詞賞を獲得したと思いますが、
自分もこの歌詞はとても好きです。
生きてることが辛いなら わめき散らして泣くがいい
夜中に泣くのは赤ん坊 だけって決まりはないんだし
の部分が特に好きです。問題になった冒頭の、
「いっそ小さく死ねばいい」の部分も、
自分はむしろ、励ましの言葉と思って聴いています。
死にたければ、明日死ぬことだって出来るわけです。
そして、本当に死にたい人って、のこぎりで自分の首を切ってでも、
自殺するんですね。(過去に日本であった自殺の例です)
つまり、本当に死にたくなったら、
「楽して死ねる方法」なんて用意しなくても、そうして死ねるわけですし、
そもそもそんな気にならない時点で、
自分の置かれている状況は、別に辛くも何ともないものなわけです。
人と比較したりして、頭の中で色々妄想を創りだして、
その妄想におびえているから、生きることが辛くなるわけです。
今この瞬間、誰かが自分を殺しに来ているわけでもない。
四六時中後ろで罵倒しているわけでもない。
…いや、それに近い状況の人もいるのか。
家に居場所がないとか…。だとすると、ちょっと難しいかも知れないですね。
「人は泣きながら生まれてくる」というのは、やはり本当なんだと思います。
生きることは、一部の能力や容姿やモチベーションに恵まれた人を除けば、
やはり辛いことなんだと思います。
そこを救うものが何なのか、結局自分もよくわからないです。
よくわからないまま、とりあえず、
ごちゃごちゃ考えた軌跡だけを、このブログに残しているんですが。
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リア王、五木寛之、人は泣きながら生まれてくる2012年10月10日 | コメント/トラックバック(0)|
カテゴリー:五木寛之
トレンドアフィリエイトの本質を考える
(これは、トレンドアフィリエイトを知っている人のための文章です)
このブログでは何度か書いていますが、
トレンドアフィリエイトの本質は「アクセスを稼ぐこと」です。
「トレンド記事を書くこと」ではありません。
アクセスを稼ぐ手段として、トレンドが一番簡単というだけです。
トレンド記事を書かなくてもアクセスが稼げるのであれば、
別にいいわけです。
そして、アクセスを稼ぐというのは、言うまでもなく
「いい記事を書く」ということです。
それも「たくさん書く」ということです。
いい記事をたくさん書く。
やることはシンプルですが、これは難易度の高いことです。
これをやるためには、相当な努力が要ります。
相当な努力をするためには、それが好きである必要があります。
好きなことだから、他の人ではとても出来ないような努力も、
出来てしまうわけですね。
だから、トレンドアフィリエイトをやっていて苦しかったら、
自分の好きな記事を書いてしまえばいいと思うんです。
「今すぐに稼がないといけない」という人だったら、
そういうわけにもいかないでしょうが、
それだったら、アフィリエイトではなく、普通のバイトをするべきです。
パチンコ屋さんとかで働けばいいでしょう。
管理人も借金が70万あった時、パチンコ屋さんでバイトして、切り抜けました。
(パチンコ産業はあまり好きにはなれませんが、
お店の方々には、とても感謝しています)
と、少し脱線しましたが、要するに、
「トレンドアフィリエイト」なんていうのは、
あくまで一つの小技に過ぎないわけです。
最終的にアクセスが集まればいいわけだから、
自分の好きなことについて記事を書きまくって、
たまに興味のあるニュースがあったらそれについても書いて、
というスタイルでいいと思います。
それが自然とトレンドの「未来予測」の記事にもなるわけですし。
いわゆる「普通の記事」も、キーワードによっては、
かなりのアクセスが集まると思いますよ、それも恒常的に。
例えば「人生最後の日」とか「思考は現実化する」とか、
これらのキーワードで上位表示されたら、
流行とか関係なく、常に一定のアクセスが、ここから集まるでしょう。
もちろん、こういうビッグキーワードで長く上位表示されるということは、
それなりに大変なことです。
でも、大変だけど、こういうキーワードが好きで好きで仕方ない、
毎日それについて記事を書ける、という人であれば、
割と簡単に出来ると思いますよ。
実際、このブログは「人生最後の日」というキーワードでは、
すでに上位に表示され始めています。
何度も何度も、それをテーマに記事を書いていくうちに、
本当に「人生最後の日」にやることを考えるにあたって、
ヒントにしてもらえるようなブログになると思います。
最初から出来た人なんていないわけですよ。
最初は誰でも初心者なんです。未熟者なんです。
それでも毎日書いて書いて書きまくるうちに、
その分野については一丁前のことが書けるようになる。
「上位表示」の本当の意義は、そこにあるんだと思います。
それを目指す過程で、そのキーワードに対する、
自分の理解が深まるということですね。
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アクセス、トレンドアフィリエイト、本質2012年10月10日 | コメント/トラックバック(0)|
カテゴリー:トレンドアフィリエイト
それを知って、何になるのか? ~学習の意味~
「それを知って何になるのか」ということは、
小学生から大学生、ひいては社会人まで、
日常でちょくちょく感じる疑問だと思います。
何かを勉強しなければならない時、
誰かの話を聴かなければならない時など、
「これを知って何になるんだ?」と、思う人は多いでしょう。
そして同時に、
「何なら知る価値があるだろう」と思うわけです。
多くの人に共通する「知る価値のあること」は何か、
ちょっと考えてみました。
とっさに思いつくのは、
1.お金の稼ぎ方
2.健康に関すること
だと思います。
「異性にモテる方法」を付け加える人もいるかも知れませんが、
これをよく考えていくと、結局のところ、
・お金がある
・外見がいい(健康である)
・コミュニケーション力がある
・その他の魅力がある
となります。
上の二つについては、「お金の稼ぎ方」「健康に関すること」
に含まれますし、下の二つについては、
勉強するまでもないというか、しようがないので、
「万人が求める知識」とはならないと思います。
*「コミュニケーション力」については、
確かにそれを解説した「知識」の本もありますが、
はっきり言って、ああいうのを読んだだけで、
コミュニケーション力が上がる、ということはないでしょう。
多くの人はそれを体験的にわかっているので、
コミュニケーション力を鍛える方法は、自然と「現場」に求められ、
「知識」には求められないわけです。
なので、多くの人が共通して興味を持つのは、
1.お金の稼ぎ方
2.健康に関する情報
と言っていいと思います。
例えば建築とか教育とか、個別の情報に興味を持つ方もいるかも知れませんが、
それは大抵の場合「それが仕事だから」です。
仕事のために調べている情報というのは、
「お金の稼ぎ方」と言っていいですよね。半分は。
もちろん、お金のためだけに仕事をするわけではないので、
半分、あるいは大部分は「生きがいのため」でもあると思います。
しかし、「仕事でなくても、その本読みますか?」と言われたら、
「読まない」という人が多いと思います。
多くの人は、やはり仕事のために情報を仕入れるわけで、
割合には個人差があっても「お金の稼ぎ方」を学んでいるのだと思います。
でも、これは別に全然悪いことではないと思います。
なぜなら「鳥が飛び方を学ぶ」というのと同じだからです。
人間が「お金の稼ぎ方」を学ぶのは「生きるため」です。
鳥が「空の飛び方」を学ぶのも、「生きるため」です。
同じように、ライオンが狩りを覚えるのも、
サルが木のぼりを覚えるのも、全ては「生きるため」なわけです。
だから、人間が「お金の稼ぎ方」を覚えるのは、
別に変なことではなく、ごくごく自然なことであるわけです。
もちろん、本来の人間は、お金なんて無くても生きていけるはずなんですが、
今の日本人で、お金を使わずに生きていける人は、ほとんどいないでしょう。
限界集落で農業やって生きるにしても、
その土地を買ったり、農業を出来るだけの肥料を入れたりするのには、
お金がかかるわけです。
土地の固定資産税の支払いなどは現金でするはずですし、
他にも、年金の支払いや住民税の支払いなど、
色々お金を使う場面があるはずなのです。
『僕はお金を使わずに生きることにした』という世界的ベストセラーがありますが、、
あの著者の方も、完全にお金を使わずに生きてるわけではありません。
ネットの接続費は払ってますし、
住んでいるキャンピングカーの廃車は、ただで手に入れたにしても、
貨幣経済があったからこそ、生まれた乗り物なわけです。
お金とかかわらずに生きていくなんて、
この貨幣経済の中では無理なんですね。
(完璧にでなく、部分的になら可能だと思いますが)
なので、「お金の稼ぎ方を学ぶ」=「生きる方法を学ぶ」
と言っていい部分も、多々あるわけです。
(それが全てとは言いませんが)
でも、自分が言いたかったのは、
「だからお金のことだけ学ぼう」ということではありません。
結局の所「それを学んで何になるのか?」と言ったら、
お金の稼ぎ方か、健康に関すること以外、
学ぶ意味がほとんどない、という結論が出てしまうわけです。
もちろん、そんな結論は味気ないし、
世の中にはただ知るだけで面白いことがたくさんあるので、
「こんなことを知って何になるのか?」という問いは、
ある程度封印した方がいいだろう、ということです。
もちろん、人に向かって知りたくもないことを教えるのはよくないですし、
知りたくもないことを無理して知る必要もないんですが…。
なので、自分は「それを知って何になるのか?」という疑問は、
あまり持たないようにしようと思います。
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学習、意味、稼ぎ方2012年10月10日 | コメント/トラックバック(0)|
カテゴリー:哲学コラム
iPS細胞について、簡単にまとめてみた。
iPS細胞について、簡単にまとめてみました。
Wikipediaの内容を、より簡単にしたものです。
(詳しくは、Wikipediaを見てください)
■iPS細胞とは?
「色んな細胞に変化できる細胞」のことです。
「色んな細胞に変化できる」=「色んな臓器を作れる」ということでもあります。
正式名称は「人工多能性幹細胞」です。
英語では、「Induced pluripotent stem cells」と言います。
このため「iPS細胞」と呼ばれるわけです。
「i」が小文字なのは、山中伸弥教授が、
「iPOD」のように親しみやすい名前に、と思ってつけたのだそうです。
2006年に世界で初めて、山中教授のグループによって作られ、
その6年後の今回、ノーベル医学生理学賞の受賞が決まりました。
■これまでの他の細胞と、iPS細胞の違い
生物の体は、細胞で出来ています。
その中のいくつかの細胞は、「分化万能性」という性質を持っています。
これは「別の細胞になる力」です。
「別の細胞になれる」ということは、「色んな臓器を作れる」ということです。
(臓器だけでなく、髪の毛や皮膚なども作れます)
今まで、こうした細胞は、下の4種類だけでした。
1.内部細胞塊
2.ES細胞
3.融合細胞(ES細胞と体細胞の融合)
4.培養細胞(生殖細胞由来のもの)
しかし、ここに「iPS細胞」が新たに加わりました。
iPS細胞とこれらの細胞の違いは、
「取り出すのが簡単である」ということです。
上に挙げたこれまでの細胞は、
「胚性幹から取り出す」とか「生殖細胞から取り出す」とか、
色々な条件がありました。
しかし、iPS細胞はどこからでも取り出すことが可能なので、
これまでの細胞よりも、抽出がずっと簡単です。
■iPS細胞によって何が出来るか
まず、箇条書きでまとめます。
1.再生医療
→臓器を複製して交換する、などの治療が可能。
2.医療研究の促進
→医療の研究のためには、それに必要な細胞を取り出す必要があります。
しかし、その細胞が採取の難しいものだった場合、
沢山のサンプルを集めることが、今まではできませんでした。
それが、iPS細胞によって可能になります。
わざわざ難しい場所から採取しなくても、
皮膚の細胞などを採取して、そこからiPS細胞の技術によって、
必要な細胞に変えてしまえばいいからです。
こうして研究がスムーズになることで、
あらたな医療技術が、ますます生まれやすくなります。
3.薬品研究の促進
→上と同じ原理で、薬品の研究もしやすくなります。
あらゆる細胞を生成して、それを実験台に出来るので、
研究の速度が大幅に向上すると期待されています。
4.患者に合わせた治療が可能になる
→これも2.3.と似ていますが、
患者に何かの薬品や手術を適用する前に、
それが有効かどうか、患者の細胞を取り出して、
それで作り出した細胞でテストをすることが出来ます。
本人の細胞で行ったテストなので、かなり正確なデータが出ます。
これにより、患者一人一人に合わせた治療、というものが、
より的確に出来るようになります。
以上です。参考にしていただけたら幸いです。
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iPS細胞、まとめ、簡単2012年10月10日 | コメント/トラックバック(0)|
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